特別寄稿

子供一人一人を主語にした複線型の授業を目ざして

東京学芸大学教授  高橋 純

ICTを効果的に活用した授業
 私が授業観察と分析をさせていただいている学校の中に、ICTを大変効果的に取り入れた授業を行っている中学校があります。この中学校の生徒たちは、チャットを使って気づいたことやキーワードをどんどん抜粋し、仮説を投稿し合うなどして、互いの意見交換や情報共有をする場面で、対面のみならずICTも積極的に活用しています。仮説が立ったあと、それを証明するために調べ学習をやってディスカッションし、最後に振り返りを書くまでの時間が約40分。
 生徒たちがみんな前を向いて一方的に先生の話を聞く従来型の授業に比べたら、生徒同士で何度も互いのキーワードを読み込み、意見交換をしているので、格段に学習者主体の濃い内容の授業になっています。
 この授業スタイルになると、授業の最後に先生が内容をまとめる「おさえ」はやらないそうです。最後の「おさえ」の指導は、一般に「知識の理解の質」としては低めであり、生徒たちは「そこがテストに出るのか」と思って、もうそれ以上深くは調べないからです。従来型の授業では、先生たちが評価したいこと・確かめたいことは最後の「おさえ」の部分でした。しかし、この中学校の先生方は、その程度の理解だったら生徒たちは授業時間の半分程度で到達してしまうと言います。では何に時間をかけているのかというと、生徒たちが「なぜ」「どうして」「どうやって」と考える部分です。
 この授業スタイルを他校の先生方に話すと、知識の網羅性について心配がある、という声がよく聞かれます。生徒たちは自分の興味のある箇所を集中的に調べるので、そこばかり詳しくなってしまうのではないか、と。
 しかし、この授業スタイルでは、ある部分にすごく詳しくなると、教科書をもう一度読み直したときに自分が知らない部分がどこかよくわかるので、かえって勉強がはかどるという感想を生徒たちからたくさん寄せられています。自分のわからない箇所がはっきり見えてくることで自分の理解の穴がわかり、結局勉強が進むのです。問題解決的な学習の特徴でしょう。
 実はこうした学校も、最初からうまくいったわけではありません。別のある小学校で去年の7月に授業を見せてもらったときは、「さあコンピューターを使いましょう」と先生が号令し、いちいち指示を出して子供たちが一斉に従うという、一斉授業でよくあるスタイルでした。そこで、子供一人一人に課題意識をもたせ、見方・考え方をしっかり教えながらICTを効果的に活用するようアドバイスすると、その小学校では、みるみるうちに授業が進化していきました。
 結果的にこの小学校は、それまで7コマで指導していた内容を4コマくらいで指導できるようになり、従来よりも短い時間で深く学べる「深い時短」が起こりました。今までの一斉授業は無駄が多いやり方だったとわかったのです。

子供一人一人を主語に
 今までの自由進度学習などの複線型の授業は非常に手間がかかりすぎていました。授業後に全員分のノートを集めて赤を入れて翌朝に返却するなどして、先生方はくたくたになっていた。そこに、情報処理する道具として1人1台端末が登場しました。1人1台端末を利用したこれからの授業づくりは、単線型の一斉授業ではなく、子供一人一人を主語にした複線型の授業にしていったほうがよい。
 子供一人一人が主語ということは多くの先生方が否定しないと思いますが、その「一人一人」のイメージは、いまだ「学級の中にいる一人一人」に留まっている気がします。「一人一人」について、「集団から個」の順に考えるのではなく、「個から集団」の順に考えることが重要です。まずは個があって、個が集まって学級ができるというように、「初めに一人一人がいる」と考える発想の転換が世の中全体で必要だと感じています。
 先ほど紹介した小学校の先生もかつては一斉授業の伝統芸でした。その考え方を変えたのは、クラスでずっと独り言をつぶやき続ける子供だったそうです。先生はいつもその子供に「みんなに迷惑だから独り言をやめなさい」と指導していました。けれど複線型の授業にしたら、独り言をつぶやいても全然問題ない。かえって独り言からその子供が何を考えているかわかるので、クラスメイトが質問にくる。元々その子供は勉強が嫌いなわけではないから、先生に褒められてご機嫌に勉強し始めたそうです。こうして全てがうまく回りだして、先生は初めて「一斉授業で進めたからこの子を叱っていたんだ」と気づいたそうです。
 このように、一斉授業についていけない子供が悪いというより、一人一人を受け止める容量をちょっと広げればよいのです。そして、その容量を広げるときに、1人1台コンピューターが劇的に効きます。紙と鉛筆ではクラス35人分の複線を管理できませんが、例えば、ICTを活用して各々にスライドを割り当てて成果や振り返りを書かせると、「理解していること」「誤解していること」「疑問に感じていること」など一人一人の状況を瞬時に把握できる。実際に大学の授業でもICTを活用していますが、かなりのスピードで学生の進捗状況を確認できます。また、すでに一度は途中経過を見ているので、提出されたレポートを評価するのがすごく楽です。
 なお、「評価」というとき、よく設定されるのは「到達目標」ですが、私たちが真に目ざすべきは「向上目標」だと思います。「到達目標」は偏差値など他者との比較になりがちであり、一方、「向上目標」は過去の自分に対して向上したかどうかを比較します。人間はみんな一人一人ばらばらだと考えたら、過去の自分と比べてどれだけ成長したかで評価すべきです。他者との比較だけではいずれ疲弊し、行き詰まるときがくるでしょう。

複線型の授業を支えるICT
 先日、イギリスの小学校の視察に行ったとき、評価方法や振り返りについて深く考えさせられました。イギリスでは子供一人一人のノートに必ず「アセスメントシート」が貼ってあって、子供たちがそのチェック欄を見て単元の最初と最後に自己評価をするんです。先生はそれらを集約するソフトを使って一人一人の進捗や到達度を管理することで、複線型の授業を支えている。「アセスメントシート」のようなアセスメントシステムは、日本でもぜひ作っていく必要があると思いました。
 また、感心したのは振り返り学習のやり方です。例えば、社会の授業で単元のまとめとして「第二次世界大戦では戦いが世界各地で起こりました」と書いてある。ここまでは日本の「おさえ」と似ていますが、最後に「本当なの?ウソなの?それはなぜ?」と疑問を投げかけているんです。この一文で永遠に続く学習活動、すなわち「向上目標」に変えているんです。たった一言を最後につけ加えると、よりよい課題になるんだ、いつもこうして子供たちは学んでいるんだと、納得をしました。
 これからは自由に先生や子供がアサインされる時代です。今までのように、まずは学校を登録し、次に学級と担任の先生を登録し、最後に子供を登録するという順番ではなく、子供が集まっているところで、グループ分けをするシステムに変わっていくのです。「この子たちは算数が得意」「この子たちは足が速い」というように柔軟にグループを作れるようにして、そこに学習場所や先生をあてはめていって、得意を伸ばしていくイメージです。加えて、イギリスの小学校には世界中からいろんな国の子供たちが学ぶこともあります。子供たちの母国語が40種類ぐらいある学校など、子供たちのさまざまな個性に対応するために、20年以上前からコンピューターを活用しないと管理しきれないそうです。
 日本では、今はICTを効果的に活用しようとしている過渡期であり、その中で、教科書はミニマムスタンダードとして一定の地位と役割を担っています。このため、教科書会社は、コンテンツの情報量を単に増やしていくだけではなく、個性豊かな子供たちに適切に対応できるようにしていくのがよいでしょう。
 今回、多数のQRコンテンツを用意した情報量満載のデジタル教科書になっていると聞きます。それらの活用も含めて、一番大切なのは、子供一人一人のさまざまな個性に応じて多様な情報を活用し、複線型の授業を進められるICT環境を整えることであり、子供たちが個別に過去の自分より向上できる学びを実現することだと考えています。

(2023年4月の取材をもとに文章をまとめています)
企画:みらい授業フォーラム、制作:教育出版株式会社

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